Healthy Urban Development and Urban Design

野原 卓 Taku NOHARA
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院
Graduate School of Urban Innovation, Yokohama National University

1.健康まちづくりと空間デザイン

 人間が健康まちづくりの効果を知覚し、体感するための媒介となるのは、自らの「身体」(からだ)であり、かつ、その身体が置かれている「空間」から外部環境の刺激や健康まちづくりの効果を受け止めることになるため、自分がどんな空間に置かれているか、どんな場に触れているかが、外出したくなるか、動きたくなるか、運動したくなるか、といった動機に大きな影響を与える。そのため、身体が存在する空間や、直接触れる場所、身体から感じとることのできるミクロな場のデザインが、健康まちづくりの促進の面から考えても、とても大切である。
 まず、誰しもが健康に外出したり、まちをストレスなく動くことができることを目指すためには、できるだけバリア・障壁の少ない空間作りが求められ、車いすやベビーカー、シニアカーを押していても安心して歩けるような段差のない道路であったり、エレベータやエスカレータなどが使いやすい動線上におかれているなど、空間デザイン上も工夫が必要である。ただし、一つの都市空間において、様々な条件に対応した設備が混在すると、設備同士が干渉しあうこともあるので注意が必要となる。その意味では、単に障壁を取り除くだけでなく、ハンディキャップの有無に関わらず、より多くの人々にとって使いやすい「ユニバーサルデザイン」の考え方が大切にされる。
 また、自由に歩いたり、自転車に乗ったり、気軽にまちで活動を進めてゆくには、安心安全な都市空間が確保されていることも重要である。例えば、道路空間においても、先の段差解消だけでなく、車道と自転車道・歩道がきちんと整備されていること、通行空間に加え、ちょっと休んだり座ったりできる場、滞留できる場が用意されていること、お店の軒先を使ってちょっとしたテラスや休憩の場が設けられていることなど、道路断面の整理(歩行者のための空間や自転車レーンなどの分節)が求められる。また、工夫としては、スムース横断歩道の取組みのように、交通静穏化と安全で歩きやすい歩行者空間の確保を同時に両立させる取り組みなどもある。
 さらに生活習慣病リスクや未病などを考えると、まちを使って適度な運動が進められるような都市空間のあり方ということも考えられる。ニューヨーク市では、健康まちづくりをまち全体のデザインの中で推進してゆくために、Active Design Guidelineが策定されている(2010)1。そこでは、都市デザインのガイドラインと建築デザインのガイドラインに分かれており、都市空間に関しては、本書の内容と近い、土地利用の混合(ミクストユース)、交通結節点や街路ネットワークの使いやすさや、外部空間・憩いの場、広場等の創出、歩きやすく豊かな街路空間の形成(自転車の使いやすさも記されている)などが謳われているが、特に、建築デザインに関しては、階段を始めとした身体活動ができる空間のあり方が記されている(アメリカでは、肥満における生活習慣病リスクが課題となっているため、できるだけ階段などを用いて身体活動のできることが推奨されている。これに対し、日本では、高齢者等の外出機会創出が課題となっており、できるだけバリアの少ない空間が求められている)。また、外部空間においても、適度な運動器具の設置や、卓球台・ボルダリング施設など、楽しく身体を動かせる場所の創出が期待される。
 継続的にそとで身体活動を進めるという観点から考えると、単に、身体活動を行う上での障壁が除去されている、身体が動かせる場が用意されているだけでなく、キーワードとしても紹介するとおり、アフォーダンス2を意識したデザイン、つまり、自然と活動したくなる、使いたくなる、滞在したくなる場の醸成も重要である。人間工学的な検討を加えた上で、手にとりやすい、座りやすい、動きやすい寸法や形態を考えたデザインも重要であるし、さらには、こどもたちが安心して元気に遊びまわれるように、かどを減らして丸みを帯びていたり、柔らかい素材の利用、そして何よりも楽しく過ごせる場の創出なども大切である。
また、街区をできるだけ小さくして、多くの街路や通路が確保されることで、歩行者動線の選択肢や自由度を高めた都市空間、あるいは、建築物のグランドレベルに関して、建築物に入りやすく、かつ、アクセスしやすい空間となっていたり、透明性が高く見通しが効いたり、オープンカフェのように建物と街路が一体となるような、浸透性の高い(パーミアブルな)都市空間のデザイン、そして、歩いたり移動したりしていくほどに新たな風景が生まれたり自然を感じたりどんどん進みたくなるような、動的風景としてのシークエンスを大切にするような都市空間のデザインが期待される。
さらには、居心地や愛着を考えると、「歩きたくなる」「居続けたくなる」「何度も来たくなる」には、空間の「魅力」も重要となる。地域の誇りを感じられる空間、街並みや風景の魅力が創出されている空間、自然豊かで居心地よく快適な空間の存在自体が、そとで、まちで活動したくなるモチベーションを生み出す。
 例えば、地域の歴史文化もとても重要である。シドニー市に近年整備されたGoods Lineという公共空間は、貨物線の高架廃線をリノベーションして、歩行者専用空間を生み出した事例であるが、シドニーの産業を支えた歴史も生かしながら、魅力的な空間が生み出されている。また、ケーススタディでも紹介している日本大通り(横浜市)のように、まちのメインストリートでは、歴史的建造物やイチョウの街路樹、質の高い舗装や道路付属物などで構成される、街路が重ねてきた歴史文化の見える街並み・風景が大切にされており、何度も訪れたい空間となっている3

2.場づくりとソフトなまちづくり

 ハードだけでなく、ソフトの活動が、まちで活動するモチベーションになってゆくことも多い。仲間とともに活動する、交流する場があることで、一人で活動するよりもモチベーションが高まり、活動も継続されやすい。そのためには、交流できる場や一緒に身体活動できる場の創出、親しみや愛着のわく場の創出が大切になる。一方で、都市空間では、一人であっても居心地よくいられたり、滞在できたりする場の存在もまた重要である。家や職場だけでなく、自分らしい活動が進められる場所(サードプレイス4)をまちのなかに見つけてゆくことが、外出機会の増加につながる。また、こうした「場」を利用するだけでなく、生み出すための取り組みや活動も大事である。ちょっとした居心地の良いベンチやテーブルを使いやすいように置くだけでも、そこに場が生まれる(アーバン・ファニチュア)。かつて、「井戸端会議」が行われたように、集まって話ができる場所の創出も重要である。
 また、まちぐるみで健康まちづくりを推進することを考えると、個人での活動だけでは限界があり、様々な主体と一緒になって、総合的なまちづくり、あるいは、都市空間の整備創出を進めてゆく中に、健康まちづくりを上手に入れ込んでゆく必要がある。そのためには、地域を統括する自治体(市区町村)との連携、開発を行う民間企業との連携、あるいは、その両者の連携も重要な要素となってくる。かつては、都市の計画は、行政主導、あるいは、開発を統括する民間企業主導で行われることも多かったが、ハード整備だけでなく、その後の管理や利活用も含めてまちづくりが持続的に行われるためには、ソフトな活動に関わる地域住民や中間組織、権利者などが一緒になって、整備時点から活用のことも考えながらまちづくりを進めてゆく必要がある。
 さらに、持続的なまちづくりには、これを進めるための「財源」も重要になってくる。まちづくりに関係する主体が協働するだけでなく、負担も分け合う「エリアマネジメント5」を実現させ、健康まちづくりも重要な要素に位置づける中で、総合的なまちづくりを推進することが期待される。ケーススタディでも紹介した柏の葉キャンパス周辺地区では、UDCK(柏の葉アーバンデザインセンター)を中心に、様々なまちづくりのマネジメントが行われており、ウォーカブルな都市空間整備や魅力ある活動の場の創出とともに、身体活動もしやすい空間整備や案内サインの挿入、健康に関する情報提供や交流の場の創出などが総合的に行われており、その結果、パークランも行われるようになるなど、多主体で総合的な健康まちづくりが展開されている。
 このような、身体から考えるミクロなデザインは、まち全体のあり方を考えるマクロな都市デザインやまちづくりと接続されてこそ、その力を発揮することができる。せっかく魅力的な広場や身体活動の空間ができていても、そこに至る動線や公共交通が使いにくかったり、そもそも、まちなかで活動するための様々なサービスが伴っていなかったりすると、その力を存分に生かされない空間となってしまう。その意味では、まち全体のあり方(都市計画)との関係、あるいは、公衆衛生の視点など、大きな視点でのあり方もともに考えながら、個々の空間や活動のデザインを考えることも重要である。

参考文献

  1. City of New York .(2010). Active Design Guidelines: Promoting Physical Activity and Health in Design. Center for Active Design.
  2. 佐々木正人.(2015).『新版 アフォーダンス』.岩波書店
  3. 出口敦・三浦詩乃・中野卓編著、中村文彦・野原卓・宋俊煥・村山顕人・泉山塁威・趙世晨・窪田亜矢・長聡子・志摩憲寿・小﨑美希・廣瀬健・吉田宗人.(2019).『ストリートデザイン・マネジメント:公共空間を活用する制度・組織・プロセス』.学芸出版社.96-98
  4. レイ・オルデンバーグ,忠平美幸訳.(2013).『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』.みすず書房
  5. 保井美樹・泉山塁威編著.(2020).『エリアマネジメント・ケースメソッド:官民連携による地域経営の教科書』.学芸出版社