Built Environment Promoting Physical Activity

樋野 公宏 Kimihiro HINO
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻
Department of Urban Engineering, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo

1.予防医学分野からの期待

 肥満や慢性疾患といった非感染症の世界的な蔓延に対して、世界保健機関 (WHO) は、身体活動に関する2030年までのアクションプランを策定した1。このプランは、4つの戦略的目標のひとつに「アクティブな環境の創出」を掲げ、都市・交通計画の統合、歩行者・自転車網の改善、道路安全性の向上、オープンスペースへのアクセス改善などの具体的行動に言及している。
 こうした都市・交通計画への期待の背景には、都市環境が健康の社会的決定要因 (social determinants of health) のひとつであり、個人の属性や生活習慣と並んで、人々の健康に差を生じさせるという予防医学分野の認識がある。換言すれば、個人の生活習慣改善などを通じた一次予防の前段階において、疾病原因につながる環境的条件を改善する「ゼロ次予防」の手段として、都市計画が位置づけられているのである。都市環境の改善により、疾患発生リスクの高い少数の人々だけでなく、多数の一般集団に介入することが可能となる。
 しかし、このように医学分野から都市計画への期待が寄せられるのは初めてではない。18世紀の英国では、産業革命の進行とともに中小の工場とその労働者が都市部で急増し、過密で不衛生な住環境は感染症の蔓延を招いた。この反省から、1848年には公衆衛生法、1851年には最初の住居法とされるシャフツベリー法が制定され、都市計画はこれらに内包される形で成立したとされる。エベネザー・ハワードの田園都市構想も、健康的な住環境を希求する背景において誕生し、日本をはじめ、世界各国に波及した。ニューヨーク市でも、19世紀から20世紀に掛けての急激な人口増加により結核やコレラ、黄熱病といった感染症が繰り返し発生したが、水道システムや地下鉄の整備、建築規制などの都市政策により1940年には感染症の抑制に成功した2
 つまり、一世紀を経て感染症から非感染症へと問題が移り、その防止に有効な身体活動を促進する手段として、再び都市計画に期待が集まっているのである。

2.都市環境と身体活動との関係

2.1. 3つのD・5つのD

 歩行や自転車などのアクティブな移動を促す環境要素としては「3つのD」(3Ds)、すなわち密度(Density)、土地利用の多様性(Diversity)、歩行者志向のデザイン(Design)がよく知られる3。このうち密度については、日本の130市町村を対象とした分析でも、人口密度の高い市町村ほど、また市街化区域内の方が区域外よりも平均歩行時間が長い傾向にあった4。土地利用が多様で、徒歩圏内に店舗や公園等があると、それらが目的地となって歩行が促される。歩行者志向のデザインとは、歩きやすい歩道整備、歩きたくなる景観形成などである。
 これらに、目的地へのアクセス性(Destination Accessibility)、公共交通への距離(Distance to transit)を加えた「5つのD」(5Ds)も知られる。これらのDは、上述した「密度」と身体活動の関係における中間因子と考えるのが妥当である。例えば、一定の都市密度がなければ店舗も公共施設も立地しないし、公共交通も成り立たない。目的地へのアクセス性に関しては、不動産の立地環境を暮らしやすさの観点から指標化したWalkabilityIndexが産学連携により開発されている5。この指標は、ある不動産から徒歩15分でアクセス可能な施設の充実度を100点満点で得点にしたものであり、民間の不動産情報サイトで物件情報のひとつとして掲載されている。今後、実際の歩行行動との関係の検証が求められよう。
 5Dsのほかにも、「プレイス・メイキング」や、これらで包含できない安全性等の「魅力」(Desirability)を加える提案がなされるなど、都市・交通計画への期待はより具体的かつ包括的になりつつある6 7。これらの先行研究を踏まえて、本書では4つのDと2つのP(4Ds & 2Ps)で、キーワードを整理することにした。

2.2. 身体活動との関係のエビデンス

 これらの都市環境と身体活動との関係を裏付ける研究は1990年代以降蓄積されている。当初は身体活動量を質問紙調査で尋ねるものばかりだったが、活動量計等の健康機器の廉価化、スマートフォン、ウェアラブル端末の普及とともに、長期かつ大規模なデータを扱う研究が増えており、より頑健なエビデンスが期待される。居住地等の環境についても質問紙による主観評価が一般的だったが、近年ではGISを用いて客観的かつ定量的に計測するものが主流である。
 長期かつ大規模なデータを扱う国内の研究例として、ここでは「よこはまウォーキングポイント事業」に関する筆者らの研究成果を紹介する。本事業は、ウォーキングを通じた健康増進を企図し、18歳以上の市民等へ歩数計を無償配布する横浜市の事業である。2014年11月に開始し、執筆時点で約32万人が参加している(2018年4月からスマホアプリでも参加可)。参加者は、歩数に応じて得られるポイントを貯めることで、商品券等が当たる自動抽選に参加することができる。
 横浜市との協定に基づき、筆者らは本事業の歩数データと都市環境との関係を分析している。高齢者を分析対象とした研究では、人口密度、駅距離、交差点密度と平均歩数の間に関連が見られた。すなわち、駅から遠い地区や交差点の多い地区では歩数が少なく、人口密度の高い地区では歩数が多いという結果だった。駅は交通結節点であると同時に商業・文化施設等の集積地であるため、近くに住む人々の外出を促すと考えられた。さらに同じ高齢者を3年間追跡すると、交差点密度が低く、最寄り駅が近いと加齢に伴う歩数の減少幅が小さいことが分かった。すなわち、都市環境はある時点の歩数に関連するだけでなく、3年間で歩数格差を拡大する効果も有することが明らかになった。
 横浜市が全市的に進める歩行環境整備(健康みちづくり推進事業)の評価研究では、3路線の整備完了直後に、周辺に居住する高齢女性の歩数が有意に多くなり、居住地からの距離が近いほどその傾向の強いことが分かった。ただし、整備完了から1年後には他の参加者との差は失われ、効果を継続させる対策の必要性が示唆された。さらに、COVID-19の第一波に対する緊急事態宣言前後における歩数変化を調べた研究では、宣言の6週前から前年比歩数が減り始め、特に女性と非高齢者の減少が顕著だったことが分かった。この変化は居住環境によって異なり、特に高齢女性の歩数は、人口密度の高い地域や駅に近い地域で減りやすかった一方で、大規模公園に近い地域では減りにくかった。前年には大規模公園と歩数の間に関連がなかったことから、人の多い場所が避けられる一方で身近な目的地として公園が志向されるようになったと解される。
 このように、横浜市では経時データの利点を活かした縦断研究が蓄積されつつある。本書では、こうした学術研究の成果から専門家の意見まで、様々なエビデンス水準の知見に基づいてキーワードを構成している。

3. デザインガイドの必要性

 上述したようなエビデンスの蓄積は、政策に結びついてはじめて人々の健康に寄与するものとなる。研究成果と計画実務をつなぐ方策のひとつが、官民協働によるガイドラインの策定である8
 英国では2015年に政府外公共機関( Sport England)が『アクティブ・デザイン』を作成し、計画行為を通じた身体活動や健康の増進を促している9。前半では「アクティブ・デザインの10原則」を説明し、後半ではそれらと関連付けて事例を紹介している。
 自治体としては、ニューヨーク市が『アクティブ・デザイン・ガイドライン』を作成し、建築家やプランナーに向けて建築・都市デザインと健康との関係を解説している²。都市デザインの章では、マンハッタンのハイラインなどの事例が紹介されているほか、「複合的土地利用」や「街路連結性」など13分野のチェックリストが掲載されている。
 冒頭に述べたとおり、予防医学分野と都市計画との連携が強く要請されている。国内外における身体活動を促すまちづくりの好例を6の原則と34のキーワードのもとに紹介し、学術と実務をつなぐことが、海外のデザインガイドと同様に本書の目的である。

参考文献

  1. World Health Organization. (2019). Global action plan on physical activity 2018-2030: more active people for a healthier world. World Health Organization.
  2. City of New York .(2010). Active Design Guidelines: Promoting Physical Activity and Health in Design. Center for Active Design.
  3. Cervero, R., & Kockelman, K. (1997). Travel demand and the 3Ds: Density,diversity, and design. Transportation Research Part D: Transport and Environment, 2(3), 199-219.
  4. 森克美, 李廷秀, 浅見泰司, 樋野公宏, & 渡辺悦子. (2017). 地域の物理的環境と移動に伴う歩行時間との関連. 厚生の指標= Journal of health and welfare statistics, 64(6), 1-8.
  5. 清水千弘, 馬場弘樹, 川除隆広, & 松縄暢. (2020). Walkability と不動産価値: Walkability Index の開発 (No. 163). CSIS-Discussion Paper.
  6. Giles-Corti, B., Vernez-Moudon, A., Reis, R., Turrell, G., Dannenberg, A. L.,Badland, H., … & Owen, N. (2016). City planning and population health: a global challenge. The lancet, 388(10062), 2912-2924.
  7. Udell T, Daley M, Johnson B, & Tolley, R. (2014). Does density matter?The role of density in creating walkable neighbourhoods. National Heart Foundation of Australia.
  8. Sallis, J. F., Bull, F., Burdett, R., Frank, L. D., Griffiths, P., Giles-Corti, B., & Stevenson, M. (2016). Use of science to guide city planning policy and practice: how to achieve healthy and sustainable future cities. The Lancet, 388(10062), 2936-2947.
  9. Sport England. (2007). Active Design: Promoting opportunities for sport and physical activity through good design. London.