Health and City Planning System

石井 儀光 Norimitsu ISHII
国土交通省国土技術政策総合研究所
National Institute for Land and Infrastructure Management, MLIT

1.はじめに

 現在の都市計画法では、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すること等を基本理念とすることが明記されている。旧都市計画法(以下、旧法)の制定は1919年なので、100年以上にわたり健康に配慮した都市計画が行われてきたかというと、必ずしもそうではない。そもそも、旧都市計画法は交通、衛生、保安、経済について公共の安寧を維持し、福利を増進することを目的としていて、健康の中でも衛生面にその関心があったと考えられる。当時の時代背景として、過密で劣悪な住環境に起因する感染症の対策が急務であったものと思われる。
 現在の都市計画法が制定された1968年当時は高度経済成長期であり、工場に起因する大気汚染や水質汚濁による公害対策、モータリゼーションに伴う排気ガスや交通騒音対策、交通事故の予防等が重要な関心事であり、健康の増進よりは健康被害の防止や安全の確保が優先されていたと思われる。

2.歩いて暮らせるまちづくり

 経済が低成長期に入り、総人口の減少が予想されるようになってくると状況が変わり、高齢化社会への対応や持続可能な都市の実現が関心事となってくる。1999年11月、経済新生対策に「歩いて暮らせる街づくり」構想の推進が掲げられ、同年12月に旧経済企画庁により「歩いて暮らせる街づくり」推進要綱が作成された1。その基本的考え方として(1)生活の諸機能がコンパクトに集合した暮らしやすい街づくり、(2)安全・快適で歩いて楽しいバリアフリーの街づくり、(3)街中に誰もが住める街づくり、(4)住民との協働作業による永続性のある街づくり、の4項目が示されている。詳細にみると、例えば、鉄道や道路整備によって速く遠くに移動するというモビリティの向上を目指すのではなく、生活に必要な施設へのアクセシビリティ(Destination Accessibility)の向上を目指している。さらに、徒歩圏に商店や文化施設、教育・医療・福祉施設等を混在させること(Mixed Use)や、まちなかでの多世代コミュニティの再生など(Diversity)、「健康」という文字は含まれないものの、健康まちづくりの考え方が多く示されている。
 この取り組みは都市計画制度の枠組みだけでは収まらないことから、旧建設省だけではなく警察庁や旧経済企画庁、旧大蔵省、旧文部省、旧厚生省など多数の省庁からなる関係省庁連絡会議が設置され、全国でモデルプロジェクトが実施されるなど、国として強力に取り組みが推進された2。その後、2002年に都市再生特別措置法が制定されたが、制定からしばらくの間は、残念ながら都市再生基本方針に健康への配慮は位置づけられなかった。医療・介護・健康関連サービスへのアクセス性への配慮や、健康増進活動に取り組みやすい環境整備など、健康について初めて都市再生基本方針で言及されたのは2011年であった3

3.立地適正化計画

3.1. 基本的考え方と区域設定

 総人口減少が現実のものとなり、急激な高齢化に伴う医療費の増大や経済の停滞によって財政面での制約も大きくなった状況を受け、2014年に都市再生特別措置法が改正され、立地適正化計画が位置づけられた。
 立地適正化計画は拡散した市街地を集約することで持続可能性を高めることを目指しており、集約する区域として、「居住誘導区域」と「都市機能誘導区域」が定められている。居住誘導区域とは、人口減少の中にあっても一定のエリアにおいて人口密度を維持することにより、生活サービスやコミュニティが持続的に確保されるよう、居住を誘導すべき区域を指す。一方の都市機能誘導区域は居住誘導区域内において設定されるものであり、医療・福祉・商業等の都市機能を都市の中心拠点や生活拠点に誘導し集約することにより、これらの各種サービスの効率的な提供が図られるよう定める区域を指す4
 立地適正化計画の基本的考え方について、都市計画運用指針では「高齢者でも出歩きやすく健康・快適な生活を確保すること、子育て世代などの若年層にも魅力的なまちにすること」などが示されており5、前述の歩いて暮らせるまちづくりの流れを踏まえ、高齢者の外出促進と健康、多世代交流等について配慮されていることが分かる。

3.2. 公共交通との一体的な取り組み

 商業施設や医療、福祉、子育て支援等の生活利便施設を都市の中心拠点や生活拠点に集約する際、住民がこれらの日常生活に必要なサービスを身近に享受できるようにするためには、機能が集約された拠点へのアクセスや拠点間のアクセスを確保することが重要である。また、高齢で自動車を運転することができない世帯が増加することを考えると、公共交通の維持や拡充を一体的に検討する必要がある。そのため、地域における移動手段を確保するためのマスタープランともいえる地域公共交通計画の内容を立地適正化計画と連携させることが重要である。

4.「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくり支援制度

 立地適正化計画による取り組みは都市機能や居住を誘導する区域設定や施設整備、公共交通ネットワークに関する制度や事業であり、比較的マクロな取り組みであった。それに対して、よりミクロかつ具体的にウォーカブルな空間づくりを支援するため、2020年に都市再生特別措置法が改正され、都市再生整備計画に「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくりに取り組む区域(滞在快適性等向上区域)を位置付けることが可能となった6。さらに、その取り組みの実効性を高めるため、法律・予算・税制のパッケージによる支援が行われることとなった。
 まず、民有地を対象とした取り組みとして、「一体型滞在快適性等向上事業」がある。これは、市町村による道路、公園等の公共施設の整備等と併せて民地のオープンスペース化や建物低層部のオープン化(壁の過半をガラス等の透明素材とする、開閉可能な構造とする等)を行った場合に、固定資産税・都市計画税の軽減措置が行われるものである。オープンスペース化した土地(広場、通路等)及びその上に設置された償却資産(ベンチ、芝生等)の減税や、低層部の階をオープン化した家屋(カフェ、休憩所等)について、不特定多数の者が無償で交流・滞在できるスペース部分が減税される。
 公有地を対象とした取り組みも複数ある。まず、滞在快適性等向上区域内の都市公園において民間事業者等が行うカフェ、売店等(滞在快適性等向上公園施設)の設置・管理やそれにより得られる収益を活用した園路、広場等(特定公園施設)の整備を、公園管理者と民間事業者等が協定を締結した場合、滞在快適性等向上公園施設の設置等について、都市公園法の特例が利用できる。具体的には、設置管理許可期間の延長(10年を20年に)、カフェ・売店等の建蔽率の上限緩和(2%を12%に)、占用物件の特例(自転車駐車場、看板、広告塔を設置可能に)がある。なお、特例を受ける際は、都市公園の環境の維持・向上を図るための清掃等を行うことが必要である。このように、単に歩きやすい道路をつくるというのではなく、目的地となる居心地の良い居場所を地域住民や地元の事業者と協働で整備することでさらに外出行動を促進し、健康を増進することが期待される7
 このほかにも、滞在快適性等向上区域において、メインストリートなどの交流・滞在空間として重要な道路を「駐車場出入口制限道路」に指定し、路外駐車場からの自動車の出入りを抑制することが可能である。これにより、沿道のオープンスペースでの交流・滞在や様々なイベント等を実施しやすくなり、歩行者の安全性・快適性の向上が期待できる。

5.おわりに

 都市計画法そのものに大きな変化はないが、都市再生特別措置法の改正を通じて健康と都市計画との関係は近年大きく変化している。施設配置や交通ネットワークにとどまらず、歩行空間の具体的なデザインやプレイスメイキングにまで対象を拡げている。これらの新しい制度を活用した取り組みにより、地域住民の健康を増進するためにも、本デザインガイドが活用されることを期待したい。

参考文献

  1. 経済企画庁.(1999).「歩いて暮らせる街づくり」構想の推進について.https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/991220aruitemati.html,(参照2021-10-27)
  2. 関係省庁連絡会議.(2000).「歩いて暮らせる街づくり」.「歩いて暮らせる街づくり」モデルプロジェクト地区の選定について.https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2000/koukyoukouji/sentei.html,(参照2021-10-27)
  3. 都市再生本部.(2011).都市再生基本方針.(平成23年2月4日一部変更).https://www.chisou.go.jp/tiiki/toshisaisei/07kanren/pdf/110204henkou.pdf,(参照2021-10-27)
  4. 国土交通省.(2021).立地適正化計画作成の手引き.(令和3年10月版).https://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/content/001415027.pdf,(参照2021-10-27)
  5. 国土交通省.(2020).第11版都市計画運用指針.https://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/content/001362301.pdf,(参照2021-10-27)
  6. 国土交通省.(2020).「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくり~ウォーカブルなまちなかの形成~.https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_machi_tk_000072.html,(参照2021-10-27)
  7. 樋野公宏他.(2014).高齢者が生き生きと暮らせるまちづくりの手引き.建築研究資料,159.https://www.kenken.go.jp/japanese/contents/publications/data/159/index.html,(参照2021-10-27)