Urban Design Leading to Better Public Health
花里 真道 Masamichi HANAZATO
千葉大学予防医学センター/デザイン・リサーチ・インスティテュート
Center for Preventive Medical Sciences / Design Research Institute, Chiba University
1.はじめに
医学は、人体の構造や機能の理解を通じて疾病の発生を探求する“基礎医学”、個人の疾病の診断・治療を実践する“臨床医学”、個人の社会経済状況に加え、個人を取り巻く環境や集団の特性、望ましい医療・保健システムを探求する“社会医学”の3分野として整理される。社会医学が扱う大きなテーマのひとつが公衆衛生である。WHO(世界保健機関)は、公衆衛生をWinslowの定義1に基づき、「Public Health is the art and science of preventing disease, prolonging life and promoting physical and mental efficiency through the organized community efforts」(公衆衛生学は、組織された地域社会の努力を通して、疾病を予防し、生命を延長し、身体的、精神的機能の増進をはかる科学であり技術である)としている。The organized communityには、地域住民と保健医療・ヘルスケアの専門家に加え、支援団体・ソーシャルワーカー、学校・教師、行政職員なども含まれる。さらには、スポーツクラブ、物販事業者、食品・飲料・日用品メーカー、ICT・通信企業など、日常生活を取り巻く様々な事業者によるヘルスケアサービスが提供されるなかその範囲は拡大を続けている。デベロッパーや交通事業者、まちづくり団体など、都市整備・運営に関わる主体との協働も期待されている。
公衆衛生活動において、個人の行動や生活習慣を変えることの難しさが、疾患リスクの高い対象に介入する「ハイリスク・アプローチ」の課題として捉えられつつあり、集団全体に作用する「ポピュレーション・アプローチ」が注目されている2。都市計画や交通計画の調整は、集団全体に介入する「ポピュレーション・アプローチ」として理解で、個人に意識させることなく個人の行動や生活習慣をよい方向に調整できる可能性をもっている。
予防の段階には、一次予防(健康増進)、二次予防(早期発見・早期治療)、三次予防(再発予防・悪化予防)がある。個人へ働きかける1次予防は重要である。しかし、私たちの健康は、環境からも影響を受けることがわかってきた。個人の努力に期待するだけでなく、地域の環境の調整による予防も“ゼロ次予防3”として期待されている。
2.健康の決定要因
私たちの健康は、どのような要因によって決定されうるだろうか。環境が健康に及ぼす影響の度合いについて、WHOは2016年「健康的な環境による疾病予防-環境リスクによる疾病負荷の国際評価」と題するレポートを発表した。ここで、“環境”要因の割合は、全死亡における23%を占めると報告されている。環境の健康への影響の大きさがうかがえる。
また、健康の決定要因として、社会的、経済的、環境的な条件が重視され、それらは「健康の社会的決定要因」として国内外の公衆衛生政策に取り入れられている。個人を囲む環境を、コミュニティ、地域経済、建造環境、自然環境、エコシステムとして整理し、各段階で健康との関係を考察するモデルが提示されている(図1)4。これらの各層は相互に関連し、個人の行動や選択に作用し、その蓄積が健康に影響を及ぼすと理解される。
図1 地域環境における健康の決定要因⁴(和訳、一部改変)
3.環境の改善により健康を高める2つのアプローチ
環境と健康について、集団の一般的な健康水準を基準としたモデルを考える(図2)。図の下部は、環境汚染や有害物質のリスクの除去・管理により、健康が集団の標準的な水準に戻る状況である。有害な環境要因を特定し対策を講じることで、集団の健康の維持・増進をはかる方法として、衛生学・公衆衛生学の萌芽期から現在までの基盤的な方法論である。有害な環境要因として、鉛、農薬・殺虫剤、廃棄物、残留性有機汚染物質、騒音・低周波音、ヒ素、微小粒子状物質、大気汚染、カビ、水質汚濁があり、これまでにこれらのリスクの最小化の取り組みが実施されてきた。
図2 環境により健康の維持・増進をはかる2つのアプローチ
図2の上部は、社会環境や建造環境の最適化により、集団の健康の水準を高める、健康の維持・増進をめざす積極的なアプローチとして整理できる。たとえば、ウォーカブルな(歩きやすい)環境であるほど、身体活動量が多く、肥満や糖尿病、抑うつの発症が少ないことが報告されている。国内では、歩道の多い環境では認知症発症が少ない5、緑地の多い居住環境はメンタルヘルスが良い6、食料品店アクセスがよい地域は認知症や死亡が少ない、といった報告がある。社会環境と健康の関わりでは、社会とのつながりの種類や量が多いことと、それらのつながりから受ける支援が多いことは、非喫煙、適度な飲酒、適度な運動、適度な体型であることよりも、死亡率の低さに影響を与えることが報告されている7。
このように、地域・建造環境や社会環境は、健康の維持・増進に関わる。こうした視点が注目される背景には、循環器疾患、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患といった非感染性疾患(NCDs)の影響の増大がある。NCDsには生活習慣の調節が欠かせず、生活習慣は環境の影響を強く受けることが示されている。
4.健康都市デザインへの誘導
望ましい環境と健康に関する研究の蓄積は、健康都市・空間デザインを誘導するガイドラインや指針として都市計画や政策に適用されつつある。ニューヨーク市は2010年に「ACTIVE DESIGN GUIDELINES」で、身体活動が促される環境づくりの視座と具体例を提供した。また、カナダ政府は2018年に「Designing Healthy Living」と題するレポートで、活動的な近隣環境、健康な食、社会的支援の3つの視点を提示した。
実行されている政策目標を例示する。カナダのバンクーバー市は「Vancouver’s Healthy City Strategy」という計画で、公園から徒歩5分以内に居住している市民の割合や徒歩、自転車、公共交通機関による移動割合を評価指標として、その増加を目標としている。アメリカでは、「Healthy People 2030」という計画で、徒歩・自転車利用の増加、通勤での公共交通利用の増加を目標としている。
5.おわりに
前述の2つのアプローチで、新型コロナウイルス感染症の流行を捉えるならば、密度、換気、個人の衛生生活習慣・ワクチン接種による感染リスクの除去・管理対策が実行され、集団の標準的な水準への回復が進んでいるといえよう。さらに、外出控えによる健康2次被害が明らかになるなかで、都市の公共空間が健康に与えるポジティブな影響8の解明にも一層の期待がもたれる。環境の健康影響を科学的に検証しつつ、都市・空間デザインと協調する試みの蓄積により、健やかな居住環境の形成をめざしたい。
参考文献
- Winslow, C. E. (1920). The untilled fields of public health. Science,51(1306), 23-33.
- 近藤克則.(2017).『健康格差社会への処方箋』.医学書院
- WHO,木原雅子,木原正博(訳)(2008):「WHOの標準疫学(第2版)」三煌社
- Barton, H., & Grant, M. (2006). A health map for the local human habitat. The journal for the royal society for the promotion of health, 126(6), 252-253.
- Tani, Y., Hanazato, M., Fujiwara, T., Suzuki, N., & Kondo, K. (2021). Neighborhood Sidewalk Environment and Incidence of Dementia in Older Japanese AdultsThe Japan Gerontological Evaluation Study Cohort. American journal of epidemiology.
- Nishigaki, M., Hanazato, M., Koga, C., & Kondo, K. (2020). What types of greenspaces are associated with depression in urban and rural older adults? A multilevel cross-sectional study from JAGES. International journal of environmental research and public health, 17(24), 9276.
- Holt-Lunstad, J., Smith, T. B., & Layton, J. B. (2010). Social relationships and mortality risk: a meta-analytic review. PLoS medicine, 7(7), e1000316.
- Hino, K., & Asami, Y. (2021). Change in walking steps and association with built environments during the COVID-19 state of emergency: a longitudinal comparison with the first half of 2019 in Yokohama, Japan. Health & Place, 69, 102544.